« 『ニコイチ住宅』とは?被差別部落の公営住宅 | トップページ | 橋下徹氏の出自で考える『部落民』という定義の曖昧さ »

2013年1月27日 (日)

島崎藤村『破戒』は差別的な作品か?

部落差別を取り扱う文学作品は色々ありますが、よく取り上げられるものに島崎藤村『破戒』があります。この小説は1906年に発行された、近代日本文学を語る上で重要な作品です。なお本記事はネタバレを含みます。

主人公の丑松は被差別部落の出身で、小学校教師ですが、父に自らの出身を絶対に明かすな、と教わっていました。しかし様々な経緯から、最後は自分で出自を明かしたあと、アメリカへ旅立ちます。

筆者はこの作品を一読しましたが、どう読んでも、被差別部落の人々を中傷するような意図は感じられませんでした。

島崎藤村は自然主義の作家です。つまり、人間社会に起こることをありのままに描くのが彼の作風です。ですから、基本的には当時の部落差別をありのままに描写しようと試みたのです。結果として『穢多村』など、今は差別的で使用してはいけない単語もたくさん出ていますが、それは当時の現状を正しく表現したものだと言えます。

ところが、当時の全国水平社は、『穢多』などの差別的な言葉はとにかく使ってはならないという立場にあり、『破戒』はたびたびやり玉にあがりました。藤村は出版後、全国水平社の活動が活発になったことを考慮し、『破戒』を「過去の作品だ」と語ったり、一部の差別的とされる単語を差し替えたりしています。

『破戒』では、被差別部落出身であることを生徒に知られた主人公・丑松は、すぐに辞意を表明します。現代ではどうでしょうか?被差別部落出身の教師はたくさんいて、人権教育に取り組んでいます。こういった過去と現代の違いを知るという意味で、『破戒』は貴重な作品だと筆者は考えます。

過去の部落差別は悲惨なものであり、少しでも改善するため、是が非でも『穢多』などの言葉を使わせないという判断に至ったことを責める権利は、筆者にはありません。しかし時代は変わりました。読んでみれば誰でもわかると思うのですが、藤村はあくまで当時の現状をありのままに描いたのであり、差別の意志は見えません。
『破戒』は、差別的な用語が載っているからといって否定するのではなく、自然主義の優れた作品として、正当な評価をされるべきです。

« 『ニコイチ住宅』とは?被差別部落の公営住宅 | トップページ | 橋下徹氏の出自で考える『部落民』という定義の曖昧さ »

研究」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 島崎藤村『破戒』は差別的な作品か?:

« 『ニコイチ住宅』とは?被差別部落の公営住宅 | トップページ | 橋下徹氏の出自で考える『部落民』という定義の曖昧さ »